| リスボンを訪ねる (2) |
そして4日後の11月1日(土曜日)再び
リスボンに戻って来た。今回のツアーで
はポルトガルに着いた初日と最後の2日
間がリスボン泊まりであった。
11月2日(日曜日)の朝。前夜チェックイ
ンしたリスボンのムンディアル・ホテルの
周辺を一人散策に出た。やはりバスで出
発するしばしの間。市内の中心部に位置
するこのホテルは5分も歩けばあのロッシ
オ広場だ。
日曜の早朝とあってさすがに未だひと気は
少ない。この広場から南へ一直線に歩け
ば官庁舎に囲まれたコメルシオ広場に出
る。その前はもうテージョ川である。
もちろん道路の両側の商店はことごと
く店を閉ざしていた。そんな中で真っ赤な
ドレスのマネキンを見つけて思わずシャッ
ターを切っていた。
(商店街のショーウインドー)
| 一旦ホテルへ戻り今朝はリスボンから 割に近いロカ岬とシントラに出かける。 昼にはリスボンに戻り市内でランチ。そ の後はは自由時間。しかし添乗員の 「希望者にはホテルから市電でサン・ ジョルジェ城へ案内します」と言う提案 に皆同調していた。 全線1ユーロの古く小さな市電は我々 が団体で乗り込だので結構込んでしま った。狭い路地を曲がりくねって ジョル ジェ城へ向かう。駐車している車をかす める様に市電は進む。添乗員が「注意 して!」と言う市電の後扉には電車が発 車すると戸ッ手に掴まった無賃乗車の 男がいた。 サン・ジョルジェ城は城郭だけの全くの 城跡だけであったがそこから眼下に望 むリスボン市街と大きく開けたテ―ジョ 川の景観は見事である。バスで往復も した全長2278メートルの「4月25日 大橋」と言う吊り橋も見える。 |
(Castelo de São Jorge サン・ジョルジェ城)
ジョルジェ城はかつてローマ軍が駐留した
時代の要塞がそのスタートである。9世紀
には北上したイスラム教徒に征服され、1
2世紀には十字軍のレコンキスタ(国土回
復運動)によってキリスト教徒の手に戻っ
た歴史の舞台である。
要塞には現在も幾つかの砲台が城下を
見据えている。

(Castelo de São Jorge サン・ジョルジェ城)
(サン・ジョルジェ城からのロッシオ広場)
この後は文字通り自由時間になった。
今晩ポルトガルの最後の夕食に出かけ
る8時まではそれぞれあちこちに散って
行った。添乗員はお土産を買う人、美術
館へ行きたい人と幾つかの候補地を紹
介してくれた。
私はとりあえず朝出かけた商店街の方
へとカメラを片手にブラブラと歩いた。
(ホテル近くのバス停風景)

| 添乗員が案内していたスーパーマーケットの事を 思い出し探してみる。それらしい人通りの道を行 き入ったビルはスーパーではなく地下鉄の駅だ った。道行く人に聞いてみたが知らなかった。先 程しっかり聞いていなかったので仕方ない。 そんな時に見つけたのが「サンタ・ジェスタのエレ ベータ―」だった。これはガイドブックで承知して いた。なんの変哲もないリフトで上に登るとりス ボン市内が一望できる。先ほど乗った市電と同じ 1ユーロ。およそ130円である。実はこれは単に 展望用のリフトではなく本来は高台のバイロ・ア ルト地区への連絡橋だったとは後で知ったこと。 |
(サンタ・ジェスタのエレベーター)
リフトの屋上はテーブル3ツ、4ツの
小さなカフェでジュースを飲んでいる
若いペアもいた。
ここからは先ほど登ったサン・ジョル
ジョ城の城壁も望める。さらに右手は
海のようなテージョ川が広がっている。
(サン・ジョルジュ城を望む)
その後私はまたテージョ川に向かって
歩いていた。あのコメルシオ広場に来
ていた。朝と違って人こそ増えていたが
未だ広場は閑散としていた。日曜日の
せいだろうか。
広場の脇に止まっていた電車は珍しく
観光バスならぬ観光電車であったがほ
とんど乗る人がいなかった。私は広場
のベンチに腰掛けると前のテージョ川
を眺めてボーと唯座っていた。添乗員
に聞いたショッピング・センターへタクシ
ーを飛ばすのも何故か面倒に思えてき
た。これはひとまずホテルへ引き返そう。
(リスボン市内観光電車)