ベルファーストを訪ねる (1) 
         2004年7月

         ベルファーストの人口はおよそ30万人。日本で言えば秋田市や宮崎市
         の規模にあたる。北アイルランドの2割弱の人が住んでいる。
          アイルランド共和国の94%はカトリック教徒と言われる。しかし北アイル
         ランドのカトリック教徒は40%を切っている。60%以上の人々がプロテ
          スタント。だから英国領として残ったのかも知れない。                   

 A. Intercity  
            
         
           
   ダブリンのコノリー駅
 7月13日(火曜日)ダブリンの2日目には英国・北アイ
 ルランドの首都ベルファーストを目指した。インターネッ
 トで調べていたが2時間10分ほどで行ける。

 一時期は北アイルランドと言えばIRAのテロの脅威が
 あった。しかしトニー・ブレア首相の時代になって1998
 年にはカトリックとプロテスタント間での合意に到達し
 た。その翌年には双方の代表を含めた自治政府が発
 足している。    


 午前9時35分ダブリン発で11時40分ベルファースト到
 着予定。結局12時過ぎに到着。実は帰りも又20分以
 上遅れていた。 
    
 アイルランドのダブリンと北アイルランドのベル
 ファースト間は往復で35ユーロ〔約\4700〕でし
 た。 Intercity での途中停車駅は3,4ヵ所の
 み。比較的スムーズな汽車の旅ではあった。
 
 
 ウイークデーの昼間のせいか割に空いていた。特にダ
 ブリンへの帰りの車中はガラガラだった。北アイルラン
 ドと英国間の汽車の旅である。途中車掌さんのチケッ
 トの検札こそあったがパスポート・コントロール
も一切
 なかった。

 しかしEU国間
であるロンドンから空路で入ったダブリ
 ンでは私がフリーで通過しようとした通路でパスポート
 の提示を求められた。
車中では駅で買ってきたミネラル・ウオーターを
飲みながら旅のノートを開いて日記を書いてい
た。慌しかったこの1週間を振り返りながら、ひ
さしぶりにゆったりした時間を過ごしていた。そ
して時折車窓からの風景をカメラで追っていた。
       ベルファーストへのこの線は右手・東はアイルランド海
になる。途中 Drogheda, Dundalk, Newry そして
Portadown に停車した。西側には畑や牧草地が多く
時には牛や羊達の姿も見られた。しかしロンドンから
地方に向かう汽車ほどではない。

      べルファースト中央駅プラットフォーム

   
  

  B.  City Hall  

   
          
 ベルファースト市は中央駅の東をラガン川が流れ
 ている。市の北部は City Hall 〔市庁舎〕を中心
 にショッピング・センターとか繁華街がある。一方
 南部はクイーンズ大学とか植物園、アルスター博
 物館などのある文教地区に分かれる。このページ
  ではその北部を紹介したい。

 写真左・下2枚: この街では市庁舎が圧倒的な存
 在感がある。英国ヴィクトリア時代の1906年に建設
 されている。 
              
 市庁舎から北へまっすぐ歩くと左手に見えるのが
 唯一のショッピング・センター Castle Court で
 ある。
と言って中は2階建てでお店の数もさして多
 くは無い。ベルファーストの街の規模が判る。


 写真左:: Castle Courtの外観。
 写真下左: ショッピング・センターの1階にある屋台
         の店。
 写真下右: 2階にあるレストラン。
                   
             ベルファースト中央駅は街からは離れている。私は
 タクシーには乗らず駅をでた乗客達と同じようにバス
 を待った。バスが着くと
 「市庁舎まで行きたい」
 と言ってバスに乗り込んだ。

 ウイークデイの昼間で
ベルファーストは比較的静か
 で穏やか顔をしていた。かつてのテロの街というイ
 メージはなかった。

 左の2枚の写真はベルファーストの市民達。若いペ
 アの2人。下は2人の子供を連れた家族。


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