ツァールスコエ・セロ  Царское Село 


            5. エカテリーナ宮殿 (Екатерининский  Дворец)

                                   
 
 7月17日(日曜日)今日は一日ぺテルブルグ
 の郊外へ。午前は南に下ってツァールスコ
 エ・セロへ。午後は一転西のピョートル大帝
 夏の宮殿のペトロヴァレッツへ。
 朝7時45分にホテル出発。今朝は既に21度。
 日中には28度にもなるという。又暑くなりそう
 だ。
 

 我々がバスから降りると宮殿への道の入り口
 にいた5,6人の楽隊がやおら日本の国歌「君
 が代」を奏で出した。ツアーの何人かは
コイ
 ンを入れていた。
 ツァールスコエ・セロ(皇帝の村)はソ連時代
 はプーシキン市と言われただけに宮殿の近く
 ではロシアの詩人プーシキンの立派な座像が
 が我々を迎えてくれた。      
      
 
 ロシアの女帝エカテリーナはピョートル大帝に見初
 められた貧しい農家の娘だったと言う。
 18世紀半ばに完成したエカテリーナ宮殿。漂流してロ
 シアに着いた日本の船頭大黒屋光太夫がエカテリー
 ナ女帝に拝謁して帰国の許可を願い出た宮殿でもある。
   
 この宮殿の前にも楽隊がいてアメリカの国歌を奏で
 ていた。米ソ冷戦時代からは隔世の感がある。
 宮殿の外観は白とブルーの鮮やかな配色だった
 が内部は一転金ピカである。これもベルサイユ宮殿
 を模したといわれる由縁。
 
 ぺテルブルグでの教会同様この宮殿建築にも
 玉葱型の塔が際立つ。
 
 金色の壁面、豪華な彩色の天井画。第2次世界大戦
 ではかなり破壊されており特にロシア特産の琥珀で
 全室が飾られた「琥珀の間」はドイツ軍により総て琥珀
 がはがされた。近年やっと復元された。残念ながらそ
 の部屋だけは撮影禁止であった。
 宮殿の前は大きな庭園になっており池や建物も点
 在している。これもその一つ。作りも比較的新しい
 物に見えた。
 広い池と林が広がる庭園の一部。そんなに奥まで
 は誰も歩く人はいない。結構広い。
 エカテリーナ宮殿前。広い庭園につながる。宮殿
 から出てきた観光客で賑わう。そんな前で添乗員
 の鈴木さんにシャッターを切って貰う。


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