イスタンブール (2)
  ブルーモスク見学 ー> ベリーダンスの夕食  


6月5日(月曜日)イスタンブールから地方へ出発した。
週末の9日(金曜日)アンカラを朝発ち午後イスタンブー
ルに戻る。市内アジア大陸からヨーロッパ側に渡る。橋
には Welcome to Europe の文字が見える。

イスタンブール市内のレストランでランチの後初めてのイ
タンブール観光へ。
 

イスタンブールは4世紀から東ローマ帝国の都としてコン
スタンチノーブルと呼ばれていた。15世紀半ばオスマン
・トルコ軍が攻め入って今日のイスタンブールが生まれ
た。

21世紀の現在ヨーロッパ大陸側には観光のスポットが
集まる旧市街とビジネス街の新市街がある。ボスポラ
ス海峡を挟んで対岸にはアジア大陸がある。文字通り
イスタンブールはヨーロッパとアジアを結ぶ橋である。

     
写真上: 世界遺産のイスタンブール歴史地区のシン
ボルBlue Mosque。 スルタンアフメット・ジャーミーと
言う。
17世紀始め丁度日本の江戸幕府がスタートした頃、
この寺院名として残るスルタン・アフメット1世が建立
している。
中央のドームの周りに6本の突塔(ミナレット)が建っ
ており最も格式の高いイスラムの教会である。

内部は天井の高い空間になっており現役の礼拝場
である。足元の絨毯を見ると丁度一人の男性が座っ
てこうべをたれるスペースが柄で織り込まれていた。
よくテレビなどで見るモスクの中で整然と伏す信者
の絵に納得した。
お祈り時間には観光客は入れない。
写真上: アヤソフィア (Ayasofya)。丁度ブルー・モス
クに向き合って建っている。今回残念ながら中に入って見
学は予定に入ってなかった。実はこちらの方が遥かに歴
史的存在である。

4世紀半ばローマ帝国
のコンスタンチヌス2世が建てた教
会である。その後焼失したが6世紀には再建されギリシャ
正教の総本山として信仰を集めてきた。
15世紀のオスマン・トルコ軍のコンスタンチノーブル征服
によって
イスラム教のモスクに変えられた。
写真上: アヤソフィアの前の公園を通って脇の道
へ出ると出店が並ぶ。この建物自体はアヤソフィア
の一部と思われるが。
写真右:  アヤソフィアから歩いてトプカプ宮殿へ
向かう。今日は週末の金曜日の午後。宮殿の見学
を終えて帰る小学生達か。にこやかに手を振って
寄ってくる。表情が明るい。
しかし場所によってはこんな子供達も路上で物売り
をしている。
写真上: トプカプ宮殿の建物の一部。多くの建物が
陶磁器や衣装、細密画などの展示室になっている。
日本からの有田焼の大皿なども見られた。
特に目玉は15世紀に建立されて以来のオスマン・
トルコ
帝国歴代のスルタンの『宝物館』である。こちらは
かなり込んでおりダイヤやエメラルドで飾られた武具や
調度には人だかりが出来ていた。
写真上: 宮殿内の内庭。見学に来た観光客が
ベンチで一服。しかし今日は結構日が強く
ベンチ
にも長くは座っていられない。
写真上: 宮殿の裏手に出ると眼下にボスポラス海峡が広がる。トプカプ宮殿の敷地が高台にあり見事
な景観である。宮殿の建物自身は被写体の魅力に乏しかった
だけに観光客は皆この海をバックに写真を
撮りあっていた。 一人シャッターを切っている私に二人ずれの青年が『写真を撮りましょうか?』と英語で
声をかけてくれた。
トルコ人であろうか?

宮殿内部のハレムは見学していないが建物も内装も大変地味で西ヨーロッパの宮殿に見られる煌び
やかな豪華さとは異なる。これはキリスト教文化とイスラムの違いであろうか?
 写真上 左右共: グランド・バザール。 左はバザールの入り口の一つ。右はバザールのメイン・ストリート
の一つ。この市場は
15世紀半ばを起源とする歴史のあるバザール。間口の狭い店の数は5千とも6千とも言わ
れる
ほどでバザールの中はまさに迷路である。夕刻訪れた我々は小一時間自由時間を、ある人は持て余
しある人は買い物に時間を忘れた。前の日ガイドからはカードやパスポートは絶対持たずに行くように言われて
いた。それだけリスクが高い場所と言う先入観があって一人で歩くには妙に緊張感があった。

金や銀の宝飾店だけでも何十と軒を並べ圧巻ではあるが、これでお互いやっていけるのかと私は要らん心配ま
でしていた。
地方の観光地と同様チョッと近づくと日本語で声をかけてくる店も多い。私がたまたま革製品の店
で財布を手に取ったら
とたんにお兄さんに掴まった。最初385リラと言ってきた。およそ¥35,000位か。日本
ではあまりないシャツのポケットにも簡単に入る幅の狭い財布を探していた。プラダ製だが少々高い。

こちらが店を出てからも大変。日本語と英語のチャンポンでの売り攻勢。電卓片手に50メートル以上付いてきた。
最後は50リラまで下げた。半値と言うのは理解するが7分の1とか8分の1である。私にはこの財布が偽ブランド
か否かの問題ではなくこのしつこさ、強引さに辟易したので敢えて買うのをやめた。

写真上2枚&左: Belly Dance Show
週末の大渋滞の旧市街から新市街のホテルにチェック
イン。グランド・ジェバヒル・ホテルはトルコに着いた日
に泊ったホテル。今朝アンカラのホテルを7時半に出発
して丁度12時間後
イスタンブールのホテルへ。

しかし8時には又出発。
トルコの夜を飾るベリーダンス
の夕べ。客席はかなりのテーブルで予約席にはそれ
ぞれお客の国旗とトルコの新月旗が交差して置かれ
ている。私達6人の日本国旗の隣の席には陽気なイ
タリア人の家族連れが座った。

ショーは9時から始まったが
休憩を挟んで11時まで続
いた。ワインが3本付いたが私同様皆さん下戸で残して
いた。我々のツアーではコースに入っているがオプション
では1万程と聞いた。


へ戻る