ルツェルンを訪ねる  
      A   2002年6月

                               
    6月28日ドイツのミュンヘンを発って
     午後スイスに入りシャウハウゼン、シュ
    タイン・アム・ラインを得て昨晩ここチュ
    −リッヒのホテルに入った。夕食は9時
    前と遅い。

     今回のツア−ではスイス最大の都会チ
    ューリッヒは見学の予定はない。


(At Hotel,Novotel Zurich CityTechnopark)








6月29日チューリッヒのホテルでのモーニング・
コールは7時。しかし5時に一度目が覚めて6時過
ぎまではベッドでうとうとしていた。外はもう明るい。
見ると窓の下でベンツにエンジンがかかっていた。
フランクフルトからチューリッヒ迄走ってくれた髭の
大男のバスは人知れず出発の様子。

7時20分頃T階へ降りる。 昨晩珍しく書いた4枚の
絵はがきを持ってフロントに寄る。東京宛の投函
を依頼。快く引き受けてくれた。50SFR紙幣しかな
く釣りに42.35SFR受け取る。実質切手代はSF
R7.65か。チップに2SFRを戻す。

今朝は遅く朝食に出たので大半の人は終わり、テ
ーブルには新潟・五泉市の4人組のみ。食事はコー
ヒー、パン類にオレンジジュースのみ。今時珍しく完
全にコンチネンタル・スタイル。


   (Lowendenkmal)

  





  8時40分バスはホテルを出発。チュ
   ーリッヒから Luzern に向う。今朝      
   からスイスのバスに替わりドライバー
   は運転手兼社長と言うコーベル夫人。
  
   1時間ほど走って9時半過ぎには今日
   最初の目的地ルツェルン市に到着。
   市の真中をロイス川が流れる明るく、
   モダンな文化都市である。

   バスを降りて添乗員に付いて最初に
   訪れたのはライオン記念碑。18世紀
   フランス革命でルイ16世に殉じたスイ
   スからの傭兵786人を悼んで19世紀
   になって作られた慰霊碑。砂岩に彫
   られた瀕死のライオン像。
   



                                           (The Town of Luzern)
   
 





   

10時すぎから添乗員と一緒にルツェ
ルンのシンボルとも言える八角塔と
屋根付き木橋のカペル橋を渡る。
このカベル橋はロイス川を斜めに横断
している。

1993年に火災に遭っているが最初に
この200メートル余の橋が出来たのは
14世紀のことである。敵の侵入を見張
る巡視路であった。

ルツェルンの歴史を描いた111枚もの
板絵でも知られるがごく一部しか復元
されていない。




    (Market of Reuss River Sides)

                                   

   その後は一旦解散になり11時半集合まで
   自由時間になった。私はロイス川の両岸
   に並ぶ市場の露店を見て歩いた。土曜日
   でもあり観光客に地元の人と大変な人出。
   野菜、花、チーズ、お菓子と様々な屋台が
   並ぶ。

   ロイス川には幹線道路のゼー橋がある。私
   はこれを渡りルツェルン中央駅に出る。駅
   の左手にはルツェルン市立美術館もある。
   
   駅に入るとエスカレーターで上階に上がる。
   慌しく人が行き交いホームを見るとバーゼ
   ル行きの列車が入っていたりする。

                                       
 (The Reuss River)

    

地階まで降りるとトイレを見つける。WC:SFR2.00
駅の公衆トイレも有料なんだと思いドアを押すとPiss
SFR1.00とある。そうか小の方は半額かとこちら
に入る。中は割と小奇麗な洗面だった。

現代美術を多く集めていると言うルツェルン市立美
術館の横を遊覧船の見えるピアに歩く。ロイス川の
川幅が一辺に広がりここではもうフィーアヴァルトシ
ュテッテと言う名の湖である。

結構日も強く喉が渇いた。おばちゃんが店番する
屋台を見つけミネラル・ウオーターを買う。SFR4.
00と言う。廉くはない。ついでに求めたスイスの絵
ハガキは10枚でSFR10.00だった。







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