バルセロナを訪ねる  


             1996年10月

9月30日(月曜日)夕刻マラガ空港6時40分発のイベリア航空で1時間20分のフライト。定刻8時にはバルセロナ到着。9時には市内カタルーニヤ広場に程近いホテル・ディプロマテイックに入る。

バルセロナでも有数の5星ホテルと言う。そんな特別なホテルとも思えないが、アメリカ式で機能的なのが良い。広い道を隔ててすぐ前には大きな店構えの鞄のプラダがある。

10月3日(木曜日)出発までバルセロナでは3泊するがツアーでの観光は1日火曜日の午前中の半日のみ。正味1日半は完全にフリータイム。今回のスペインツアーは私には初めての名鉄観光主催で自由時間が多く『必要な都市まで運んでくれ、かつ宿が用意され、サーお好きなように過ごしなさい』という感じ。

海外旅行に慣れていないとチョッと辛い点もある。否それどころかとても不親切なツアーだと思うかもしれない。

        (グエル公園の正面入り口 1996年) 
 
しかし私にはマイペースで過ごせる時間が多く気に入っていた。そのためには些かスペイン訪問地の事前調査が不充分で、必ずしも有効に時間を過ごしたとは言い難いが。

10月1日バルセロナ唯一の市内ツアーは朝9時からグエル公園に向かった。ここは言うまでもなくアントニオ・ガウデイーの公園と言っていい。世界一長いという公園のベンチから幾つもの彼のオブジェが公園中に存在する。

ガウデイーの作品は公園への途中にも街中で例えばミロ邸を見ることが出来た。しかし何と言ってもガウデイーと言えばバルセロナのシンボルとも言えるサグラダ・ファミリアである。

この有名な聖家族教会は1882年に工事が始まっている。もう既に100年以上が過ぎているが狭い階段の塔の上に登り下を見下ろすと、教会の内側はほとんど空洞で工事中の状況。まだ50年とも100年かかるとも言われている。
                                       (聖家族教会 1996年)













                 ( 聖家族教会の内側の工事中 1996年)


      (聖家族教会 正面 1996年)                                        

 教会の塔の上からはバルセロナ市内が一望出来た。市内西部のモンジュイックの丘も遥かに望める。

サクラダ・ファミリアからバルセロナの中心部に戻るとカテドラルを訪ねる。150年をかけて15世紀半ばに完成した後期ゴシック様式の大寺院である。寺院の前は広場になっているが向かいの商店にはカフェもあり、テラスも並んでいる。

丁度この日はバルセロナ市警の行事が行われておりカテドラルの前の広場には多くの制服の警察官が集まっていた。

(カテドラル 1996年)






カテドラルの後私達のバスは聖家族教会の塔からも望めたモンジュイックの丘に向かった。
   
バルセロナの西の丘一帯はかなり広く中世の城砦の跡地でもあるが、1929年のスペインでの万国博がここで開かれ、様々な施設が今も残っている。そして私達が訪ねた4年前にはバルセロナオリンピックが開催されており、そこにはオリンピック競技場もあった。

         (モンジュイックの丘から地中海のバルセロナ港を望む 1996年)

モンジュイックの丘からはバスは市内のランブラス通りへ戻りツアーの一行はサンホセ市場を通り抜けランチのレストランへ向かう。その後バスは一旦ホテルへ戻る。午後からはフリータイムでツアーの皆さんもそれぞれのプランで、ホテルに寛ぐ人すぐ又ショッピングに出る人と様々。

私自身は特別プランを立てていた訳ではないが、カメラを持ってまたバルセロナの街に出た。ホテルから市の南へカタルーニャ広場とその近くのデパート、エル・コルテ・イングレスを目標にして。

大きな通りの街路樹の下を歩いているといかにも南ヨーロッパの街らしい風情が感じられる。ただ両サイドの道路は車が多すぎる。


10月2日(水曜日)今日は一日中完全にフリー。グラシア通りを南下して昨日と同じまずカタルーニャ広場も目指す。朝陽の輝く広場はまだ人影も少なく、デパートのイングレスはオープン前。
    
更に南へポルタルテ・デ・ランゲル通りを歩くと昨日ツアーで行ったカテドラルへ辿り着く。ここはさすがに人も集まり出している。今日は1人であり時間もあるので大聖堂の中に入る。  


さすがカトリックの国。大聖堂の中ではひたすら祈りを捧げる市民の姿を見る。寺院は決して単に観光名所ではないことを知らされる。沢山のローソクが信者の寄進によって灯りがともされている。

カテドラルを出るとあえて細い裏道へ出た。向かいの建物には彫刻を見ることも出来た。カテドラルの裏から見た小さな丸い池には白鳥、いや白いアヒルだろうか10羽あまりも泳いでいる。人通りもなく寺院の余韻を味わうように静かに路地を進む。

ランプラス通りは昨日ランチの時サンホセ市場を通っている。今日は1人であり立ち並ぶ商店を眺めながら、またテントの花屋を見て歩く。チーチーと小鳥の鳴き声の先には屋台の小鳥屋があった。そうかと思えばシルバーのコートにズボン、山高帽子もシルバーなら顔までシルバー色に染めた1人の男が立っていた。路上のパントマイム。


ランプラス通りを抜けるとパウ広場だ。もうその先はバルセロナ港。それを見下ろすように高い塔の先端に立っているのがあのコロンブスの像だ。すぐ右手には立派な海洋博物館がある。この博物館の前身は海洋国スペインが14世紀に作った造船所である。






       (バルセロナ港 1996年)

バルセロナ港の埠頭を散策する。新しいビルを見つけて中に入るがちょっとしたショッピング・モールだった。中のカフェで一休みする。あまり人は多くない。

午後にはまたカテドラル界隈に戻っており寺院前のレストランでは外のテーブルに腰を降ろす。
ピザにコーラを注文して少し遅いランチを取る。

カテドラルの周りには人が集まるだけに様々な店がある。古い裏通りにはそれに似つかわしい骨董店もある。王の広場では絵を描きながら一方で自分の風景画を並べて売っている屋台もある。帰りはポルタル・デ・ランゲ通りをデパートのエル・コルテ・イングレスに向かう。カテドラルの裏通りとは一変して華やかなモダンな通りである。


10月3日スペインを発つ朝はとても早かった。5時半にはホテルロビーに集合。それと言うのも来た時同様に乗り継ぎが待っていたからである。7時15分バルセロナから国内便でマドリッドへ出る。

マドリッド発のフライトは1時間遅れ、11時出発となる。スペイン時間の午後3時半にはロシアのモスクワ空港に着いたが、遅れを取り戻す為飛行機からは出られず、給油と食事の搬入が終わると成田に向けて一路飛びたった。



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